大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

和歌山地方裁判所 昭和33年(モ)433号 判決

申請人 米坂重男 外一名

被申請人 和歌山パイル織物株式会社

主文

当庁昭和三三年(ヨ)第一六九号解雇の意思表示の効力停止等仮処分申請事件につき、昭和三三年八月一三日当裁判所がなした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

当事者の申立

申請代理人は主文第一項同旨の判決をもとめ、被申請代理人は「主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。本件仮処分申請を却下する」との判決をもとめた。

事実上の主張

申請代理人の陳述

一、被申請人会社は従業員約六〇名を有してシール、パイルの織物業を営んでいるもの、申請人両名はいずれも被申請人会社に入社以来ジャガード織工として勤務してきたものであるが、被請人会社は申請人両名に対し、昭和三三年七月一二日付書留郵便により文書で解雇するむね通知してきた。

二、しかしながら右解雇は次の理由により無効である。

(1)  労働協約に違反している。

被申請人会社を拘束する労働協約によると、従業員の解雇は、一般解雇について第八条、第九条、懲戒解雇について第一三条、第一五条(就業規則第六六条乃至第六七条に移譲)によりそれぞれ制限されているところ、被申請人会社の主張する第八条はおろか他のいずれの条項に規定する解雇事由にも何等該当しない全くの理由のないものである。

(イ)  第八条第三号によれば「正当な理由もなく無断欠勤三日以上に及ぶとき」は解雇の事由になるむね規定しているが、昭和三三年七月一日以降申請人両名が被申請人会社に出勤しなかつたことについては正当な理由があり、右項目には当らない。すなわち申請人両名は、被申請人会社が同年三月末頃業界不振を理由として操短を実施するに際し、申請人両名の所属する申請外伊都繊維産業労働組合(以下伊繊労組と略称する)とたびたび団体交渉を経たすえ、同年七月一日までに申請人らを原職に復帰させることなどを条件とする一時帰休に関する協定を結んだ結果同年三月末以来帰休に入つていたものであるが、同年七月一日協定の約旨に従つて原職に復しジャガード織機の作業につくべく出勤したところ、被申請人会社代表取締役中村岩夫ならびに同専務取締役西本進は、申請人両名に対し、「お前らは原職復帰はできん。下回りの仕事をしてくれ。それがいやなら辞めてくれ。」というむね強硬に申渡して原職への就労を拒否してきたのでその後は出勤すべくもなく、またかかる処置は明かに従来における申請人両名の組合活動のゆえにする不利益待遇と考え、やむなく善後策のため伊繊労組などと接触しながら被申請人会社が意をひるがえして前記協定の約旨通り申請人両名を原職に復帰出勤せしむべき通知のある日をのぞみつつ、自宅において待機していたものであつて、決して無断欠勤ではない。ちなみに、前記三月末に協定の結果一時帰休に入つた三六名のうち大半は逐次原職場に復帰しており、また申請人両名が帰休前就労していたジャガード織機の台数、仕事の受註もその間に増加していたのであるから、原職復帰の拒否は全く理解にくるしむところであり、また下回りの仕事は男子一律二五〇円の日給であつて、帰休前のジャガード織機作業の賃金収入に比して申請人両名にとつては月額約三分の一の減収となるものであるから、申請人両名の同意を経ない一方的なかかる労働契約の重大な内容の変更については申請人両名はにわかに応ずべくもなく、協議ととのうまでは就労の義務なく、またかかる職場変更の強要は明かに不当労働行為であるから、たとえ無断欠勤であるとしてもその責は被申請人会社にこそあれ、申請人両名には正当な理由があるものというべきである。従つて第八条第三号に該当しないことは明かである。

(ロ)  かりに申請人両名の行動が第八条第三号の事由に当るとしても、同条によれば、各号を原因とする解雇には三〇日前の予告もしくはこれに代る平均賃金三〇日分の予告手当を支給することが条件になつているところ本件解雇についてはその要件をそなえていない。この予告もしくは予告手当は労働基準法第二〇条、就業規則第四七条の何れによつても当然かかる場合の解雇の要件となつているものであり、よしんば労働基準法第二〇条乃至就業規則第四七条の予告もしくは予告手当が単に使用者に課せられた義務にすぎず、解雇の要件ではないとしても、労働協約第八条はさらに要件として制限しているものであつて、かかる予告乃至予告手当の支給を行つていない本件解雇はこの点からも要件を欠いた無効なものである。

(2)  不当労働行為である。

申請人両名は昭和三〇年六月頃伊繊労組が結成される前からその結成準備委員として活躍し、被申請人会社に入社後も、申請人米坂は伊繊労組本部の中央執行委員として、申請人更谷は同大野支部の職場委員としてそれぞれ労働運動の健全な発展のために努力し、ともに被申請人会社との間における昭和三二年末の期末手当、また同三三年三月末頃から同年六月中旬におよぶ前掲操短による一時帰休等に関する団体交渉において伊繊労組の役員として被申請人会社従業員の利益擁護のため終始率先して組合活動を続けてきたため、被申請人会社は申請人両名を嫌悪し、昭和三三年三月末の一時帰休者の中にふくめ、その後申請人両名の就労していたジャガード機械の操業が再開され、またその台数受註量が増加したにもかかわらず、他の者を充当して、申請人両名の職場復帰を前掲協定期限の最後まで遷延せしめ、しかも同年七月一日申請人両名が原職に復帰せんとして出社するや、被申請人会社は前記(1)の(イ)既述のように労働契約の内容における重大な変更を加えるような配置転換を強要して事実上原職復帰を拒絶し、やむなく申請人両名が自宅で待機していたことを不当として本件解雇におよんだもので、ここにいたる一連の行為は、全く申請人両名の従来における組合活動の故にした不当労働行為である。

三、従つて申請人両名は近く御庁に対し、従業員地位、確認、賃金請求の訴訟を提起すべく準備中であるが、申請人両名は被申請人会社からの賃金を唯一の生活の資としている者であるところ本件解雇の意思表示によりその就業ならびに賃金支払を拒絶され、今や生活の危険にさらされ、本案判決の確定をまつては回復しがたい損害を蒙るおそれがあるので、本申請におよんだものである。

被申請代理人の陳述

一、申請代理人主張第一項の事実は認める。

二、本件解雇は有効である。

本件解雇の理由は労働協約第八条第三号所定の事由による適法なものである。

(イ)  申請人両名は昭和三二年六月頃より被申請人会社に勤務していた者であるが、業界不振のため被申請人会社は操短のやむなきにいたり、申請人両名の所属する伊繊労組と協定の結果昭和三三年三月二八日申請人両名を解雇し、その後同年六月十日伊繊労組との協定書により同七月一日申請人両名を雇入れたものである。しかるに当時被申請人会社にはジャガード織機は一一台しかなく、すでに従業員が充当配置ずみであつたため、申請人に対し、当時なお未操業であつたダブル織機に就労するよう職場配置を命じたところ、申請人両名は不当にも職場配置を不満として就労せず、その後無断欠勤三日以上におよんで出社しない。従つて労働協約第八条第三号の解雇事由に該当する。

(ロ)  そこで被申請人会社は同条の規定に従い、同年七月八日申請人両名の所属する伊繊労組に対し、両名の解雇承認の申入れをなしたところ同七月一一日その同意の回答書を得たので本件解雇におよんだものである。

(ハ)  申請人両名は昭和三三年七月一日雇入れたにもかかわらず以後一日も就業していないのであるから、かかる場合は労働協約第八条の予告乃至予告手当の支給の条項には該当しないものであるから、その手続を経なかつたことは同条の規定に違反するものではない。

二、本件解雇は不当労働行為ではない。

本件解雇は前述のごとく労働協約第八条による正当なものであり、また被申請人会社従業員は連署のうえ、昭和三三年七月一日付申入書により被申請人会社に対し、「申請人両名の復職により職場の秩序をみだされ、業務の支障を来すおそれがあるので職場の明朗化のため善処されたい」むね申入れている事情もあり、本件解雇は何等その組合活動を理由としたものではないから不当労働行為に該当しない。

三、従つて本件仮処分申請は理由がなく、その申請を認容した原決定は不当であるから取消をもとめるものである。

疎明方法〈省略〉

理由

一、当事者間の係争の所在

被申請人会社は従業員約六〇名を有してシールパイルの織物業を営んでいるもの、申請人両名はいずれも昭和三二年半ば頃から被申請人会社に入社以来織工として勤務していたものであるが、同三三年七月一日、申請人両名が被申請人会社に出勤した際、その職場配置について被申請人会社代表者らとの間に行違いが生じ、以後三日以上にわたつて出勤しなかつたところ、被申請人会社は同月一二日付書留郵便により、申請人両名に対し解雇するむね意思表示を行い、右文書が即日申請人両名に到達したこと、被申請人会社と、申請人両名の所属する伊繊労組との間に申請代理人主張のような労働協約(疎甲第二一号証)があることは当事者間に争いがなく、また右解雇が労働協約第八条第三号の理由によることも被申請代理人の自認するところである。

二、解雇の効力について

(1)  申請人両名の行動ならびに被申請人会社の事情などについて

証人数本茂、同田中久幸、同穴井豊治、同西本進、申請人両名の各供述ならびに成立に争いない疎甲第六、九各号証を総合すると、一応つぎの事実がみとめられる。

(イ)  業界不振を理由として被申請人会社は伊繊労組との協定により、昭和三三年三月末頃から「一時帰休期間中平均賃金の二〇パーセントを支給する。同年七月一日までには全員を原職に復帰させる。」ことなどを条件とする約三六名の一時帰休を実施し、当時までジャガード織機に就労していた申請人両名もまたそれぞれその一員として帰休に入り、その後会社側と数度交渉のすえ、同年七月一日午前八時頃、原職場に復帰すべく被申請人会社に出向いた。(右経過が操短による解雇後の再雇傭とは俄かに認めがたい)

(ロ)  ところがその際、被申請人会社代表者中村ならびに同専務取締役西本進から「ジャガード織機につくわけにはいかん。下回りの仕事をしてくれ。ぐずぐずいうならやめてくれ。」というむね申渡して、申請人両名がジャガード織機に復帰することを拒否して職場転換を命じた。そこで申請人両名はかかる職場転換を不当とし、またこのような申出は事実上、前記一時帰休をめぐる団体交渉に終始率先してことにあたつた申請人両名をきらつて、その就労を拒否したもので、到底このまま出勤を続けても就業できないと推断し、以後自宅において待機していた。その後申請人両名ならびに被申請人会社はそれぞれ伊繊労組の役員等と接触したが、双方とも積極的にその間の交渉の権限を同労組に一任するまでのことはなく、また被申請人会社はその間会社従業員により申請人両名の動向をうかがわせはしたが、あえて原職もしくはそれに類する職場への復帰を慫慂したこともなかつた。

(ハ)  申請人更谷はジャガード織工として約十年の経験を、申請人米坂は同じく約二〇年の経験をそれぞれもつ同織機の熟練工で同織工として被申請人会社に入社したものである。

(ニ)  ジャガード織機による月平均賃金収入に比して、下回りによる賃金は平均六〇パーセント乃至は、はるかにそれを下まわる収入減となり、下回りとは工場の掃除や荷造などの雑役を内容とする職種である。

(ホ)  前記操短実施直前において、被申請人会社のジャガード織機の操業数は九台であつたところ、漸次操業を再開して同年七月一日以降その操業台数は一一台に、またその仕事の受註数量もともに増加しており、その間全ジャガード織機は申請人両名以外の者によつてすでに逐次全部充員されている。

(2)  被申請人会社の申入れた職場転換の当否について

前記認定によれば申請人両名の欠勤は被申請人会社の命じた配置転換を不服とするものであることが一応認められるので、その配置転換の当否について検討する。

(イ)  そもそも労働者の同一職種における場所的組織的移動乃至変更、もしくは従来の職種に密接な関係にある職種えの配置転換は、組合活動などを理由とする特段の不利益待遇とみとめられない限り、たとえ工場外におけるその労働者の生活に多少の不便不利益がともなつても、それは業務運営上、また人事管理上の措置として、使用者の専権裁量に属するものであるけれども労働者の日常生活に影響を及ぼす賃金の相当な減収、もしくは特に技術者乃至熟練工においては、その過去の経歴にてらして、将来にわたる技術的な能力、経歴の維持乃至発展を著しく阻害する恐れのあるような職種乃至職場の転換は、当該労働者の同意あるいは事業不振による操短乃至技術革新による整備、もしくは労働者側における非能率等、客観的にみとめられる企業維持のための純粋に経済的、技術的必要性がなければなし得ないところで、かかる限界をこえた職場転換は、使用者の裁量権である配置転換を逸脱して、継続的な債権関係としての労働契約の約定を一方的に変更する契約違反と目すべきこと契約当事者としての労資間を対等の立場に近ずけ労働者の地位を向上させ以て総資本の立場からの健全な労働力の、ひいては社会経済の再生産ならびに発展をはかる現代労働法の法理から当然に帰結されるところである。

(ロ)  しかるにこれを本件についてみると、前記(1)の認定事実を総合すれば、七月一日当時申請人両名の原職がすでに充員されていて、原職復帰が一応不可能であることが認められるけれどもこれは被申請人会社がジャガード織機の操業再開にともない申請人両名を復帰せしむべき協定がありながら、またその可能性も双方に十分あつたにもかかわらず、その協定を無視してことさら他の労働者を配置充員せしめたことに起因するものであることが一応認められる。また申請人両名は被申請人会社の命ずる下回りの労務に転換することによりいちぢるしく収入を減じまたジャガード織機熟練工としての将来にわたる技能経歴の維持について不安をいだかせるような職種の変更となることは前記認定事実に徴し一応明かなところである。従つて如上の認定事実をあわせみると被申請人会社が命じた職場転換は、前記判旨にてらして何等客観的な企業としての必要性に基くものでなく、配置転換としての裁量権を逸脱した不当なものであつて、また当事者間の労働契約の約旨に反し、何等申請人両名に対抗し得られる筋合のものでないことが一応みとめられる。

(3)  労働協約第八条第三号の解釈について

ひるがえつて本件解雇の理由である「正当な理由もなく無断欠勤継続三日以上におよぶとき」の法律的な意味について考察すると、これは労働契約という継続的債権関係における労働者の信義則違反乃至債務不履行の責を問うものである。従つて労働者から労務についての履行の提供がありながら、使用者がその故意過失により約旨にもとずく労務の受領を拒否し、不能にする等受領遅滞の事実があれば、少くともその時から労働者は不履行等の責をまぬがれ、欠勤しても右事由に該当しないものとすべきことは労働契約の法律的社会的性格ならびに信義則からして当然である。

(4)  本件解雇の事由の有無

そこで(1)(2)の認定事実を(3)の判旨にてらして考量すると、被申請人会社は同年七月一日、申請人両名がジャガード織工として入社した労働契約本来の約旨によつてなす原職における労務の提供を故なく拒んで、その約旨に反する職場転換を命じ、その後も原職復帰を認めていないのであるから、申請人両名がその職場転換を肯んじなかつたかぎり、その後両名が何等の手続なく欠勤三日以上におよぶとも、「正当な理由もなく無断欠勤継続三日以上に及ぶとき」に当らない。従つて本件解雇は、被申請人会社を拘束する労働協約所定の理由をみたしていないものというべく、他に解雇についての主張疎明のない本件においては、その余の判断をまつまでもなく一応無効なものと認められる。

三、仮処分の必要性について

申請人は、申請本人両名の供述によると、従来被申請人会社からの賃金収入を主要な生活の資としており、本件解雇の意思表示により、その就業ならびに賃金の支払を拒絶されて直接生計のみちを失い、本案訴訟の確定をまつては回復しがたい損害を被るおそれがあること、また本件解雇の意思表示を受けるまで、就業当時申請人両名が被申請人会社から支払を受けていた手取賃金は少くともおのおの一月平均二万円を下らないことが、それぞれ一応認められる。従つて申請人両名の本件仮処分申請を認容して、本案判決確定にいたるまで、被申請人会社が申請人両名に対し、昭和三三年七月一二日なした解雇の意思表示の効力を停止し、かつ被申請人会社が申請人両名に対し、同月一三日以降各月限り各一月金二万円あての支払を命じた本件仮処分は相当である。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 坪井三郎 入江教夫 舟本信光)

【参考資料】

仮処分申請事件

(和歌山地方昭和三三年(ヨ)第一六九号昭和三三年八月一三日決定)

申請人 米坂重男 外一名

被申請人 和歌山パイル織物株式会社

主文

被申請人が、申請人等に対し昭和三十三年七月十二日になした解雇の意思表示の効力は本案判決確定にいたるまで、これを停止する。

被申請人は申請人等に対し昭和三十三年七月十三日以降各月額金二万円相当の金員を(履行期の到来した金員については即時)各毎月末限り支払え。訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

(裁判官 山田常雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例